「深くておいしい小説の書き方」

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「深くておいしい小説の書き方」

三田誠広 集英社文庫

……でも、表面的なユーモアだけでは、小説はかけません。理論に裏打ちされた展開の中で、初めて、書き手の資質が活きてくるのです。

感性、と一般にいわれているものも、実はパターン認識の反復で体得されるものですから、理論で解明できます。

私たちが文学に接して、「自然な感性」と感じるものの背景には、「物語構造(ナラティヴ・ストラクチャー)」と呼ばれる一種のパターンが隠されています。これは、理論でとらえうる領域です。

-プロローグ 深くておいしい小説の書き方 より-

この本は「天気の好い日は小説を書こう」という基礎編の続編(上級編)です。私はうっかりこちらを先に読んでしまいました。基礎編では「誰でも小説が書ける」ということがテーマで、上級編は「誰でも書けるような小説を書いていてもしょうがない」から始まるレベルアップの本です。

筆者の早稲田大学での講義を本に起こしたもので基本的に小説を書きたい学生(若い世代)向けの本になっています。

印象としては内容は専門用語などがあり、けっこう難しいです。ただ講義内容なので語り口調で読みやすいです。小説を書く人を「変態」とか言っちゃうあたり、話し方にアク(と言っていいのか)のようなものがあり、そういうのを字面で見たくない人には向きません……。私はあまり気にならないけど。

おすすめポイント

  • 古典作品を通じて小説を書く理論と技術が鍛えられる

ドストエフスキー「罪と罰」を題材にしている章もあり、まるで文学部の授業を受けているような気分になります。歴史的背景などの説明もあり分かりやすい。

古典といっても神話、聖書から「罪と罰」、大江健三郎、中上健次、その他哲学、音楽のジャンルと話の幅はかなり広いです。最後のまとめの章に新人賞、芥川賞について触れています(「新人賞応募のコツと諸注意」)。

「[ 直木賞 ] ちゃんと知ってる?NAVER まとめ」https://matome.naver.jp/odai/2136730184630556901

深くておいしい小説とは

ここでいう『深さ』の感じられる小説を書くにはどうすればいいか。

  1. 「私」というものを極めて作品を書こうとするときは、社会や歴史にことをチラッと考えてみる
  2. 社会的な視野をもった作品を書こうとする場合には、登場人物一人ひとりの「実存」について考える

難しいですね……。ちなみに実存(現実存在)は「かくあるべし本質がない今を生きる私」ということです。

参考:「実存は本質に先立つ」

例えば、人間性という例を挙げ、人間性というものは存在するかもしれないが、その存在は初めには何をも意味するものではない、つまり、存在、本質の価値および意味は当初にはなく、後に作られたのだと、この考え方では主張される。
このように、この考えはキリスト教などの、社会における人間には本質(魂)があり生まれてきた意味を持つ、という古来からの宗教的な信念を真っ向から否定するもので、無神論の概念の一つにもなっている。

(wikipedia)

「深さ」に比べ「おいしさ」の方が端的です。

「おいしさ」とは、読み手の読みやすさのことです。(「おいしさ」とは単なる口当たりの良さだけではないが、読みやすさは「おいしさ」の条件の一つ)

【「おいしさ」の決め手10か条】

  1. 文章が読みやすい
  2. 興味を惹くプロットをテンポよく展開する
  3. シチュエーションをわかりやすく示す
  4. 魅力的なテーマを早い段階で示す
  5. 主人公および主要登場人物の魅力的なキャラクター
  6. ストーリーの謎めいた展開とサスペンス
  7. イメージ豊かな描写 人物の表情と風景
  8. 細部のリアリティーと臨場感
  9. ユーモア・ウィット・ギャグ
  10. 「深さ」への予感

「絵に描いたモチ」にならないために

形式(図式)的なキャラクター=絵にかいたもちにせず、キャラクターの存在感を出すのためのポイントとは?

こういうふうに無神論に近いラスコーリニコフに「対立」させるために、神を信じている女を配置する、ということになると図式的になりがちなんですね、下手をすると、ひたすらに神を信じているだけで、人間味のまったくない、「絵にかいたモチ」みたいな人物像になるおそれがある。

(上記はドストエフスキー「罪と罰」の解説:主人公ラスコーリニコフと、娼婦のソーニャについて)

キャラクター設定表などに記入していくと項目だけ埋めてしまって、後で読み返すと全く魅力のないキャラクターになってしまっていた、なんてこともあります。魅力とは、上で言う「人間味」のことです。では、まるで隣にいるかのような血肉を持ったキャラクターにするにはどうしたらいいか?

ソーニャは実の母の形見として、上等の肩かけをもっているのですが、これを継母が貸してくれというのです。ソーニャは悩んだ末に断ってしまう。ソーニャが示したささやかなエゴイズムといったエピソードです。
(中略)
娼婦になるという、重大な局面でも継母に逆らわなかったソーニャが、肩掛けを貸してくれという些細な頼みは断ってしまう。ここが人間というものの面白いところですね。

-「深さ」と「おいしさ」の実例を分析する より-

「時に理屈に合わないことをする、それが人間なのよ」としずかちゃんも言ってました(のびたと鉄人兵団)。ドストエフスキーの創作ノートではソーニャに「欠点を与えておかないといけない」と考えています。これがたとえ「欠点」であっても、かえってそのキャラクターを引き立たせ、活き活きとした人間としての存在感を与えています。

まとめ

「構造」「実存」を通して深くておいしい小説指南の本でしたが、なかなか読むのに苦労しました。難しい単語はあまりでてこないのですが(専門用語は出てくる)内容はかなり複雑です。あと講義形式なんで、ちょっと話が逸れたりする。

お話のパターン(「物語構造」)は意識したことがなかったで、勉強になりました。民衆が「構造」を求めるから同じ構造の話(似たような話)ができる、ということは流行が作家(作品)を作るということなのかもしれません…、現代は読み手の趣向も複雑化しているのでそれほど単純ではないですが…、ちょっとマーケティングみたいですね。


深くておいしい小説の書き方 ワセダ大学小説教室 (ワセダ大学シリーズ) (集英社文庫)

 

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